
着物と正座、華道や茶道と正座、剣道や柔道と正座など、日本の伝統、日本の文化、日本の美に、正座は無くてはなりません。
正座の行儀の良さや礼儀の正しさはそこに一本筋の通った日本の美を感じることが出来ます。
日本の美しい風景や風土、そこから生まれた伝統や文化の中心に正座はあるものだと思います。
着物姿で正座している姿がとても美しい。
心まで引き締まる気がします。
読んで字のごとく正しく座ることを正座と言います。
簡単に脚を折って座る座り方だけを正座と呼ぶのはもったいないものです。
さらに言えば、背筋をピンとして正座することは、心身の健康のためにも良いと言えるのではないでしょうか。
日本でも女性が着物を着たときには、心まで引き締まるということをよく聞きます。
形によって心が変化するということは、日本の伝統や文化に多く見られます。
科学的には体に多少無理な姿勢であるはずの正座を、わざわざすることによって、目には見えない心の部分がとても改まることは、日本人の失われるつつある謙虚さや改まりの心などがどんどんと失われていく中で、もう一度正座という改まりの形から、心の改まりを願うという方向で、今後は大切にされていくのかもしれません。
日本の家屋においてもそうです。
床の間や生け花、違い棚の上の置物や庭などが、すべて正座した人の視線を基準にしてしつらえられているのです。
座った時の目の高さ、これが日本文化の美しさを感じたり創造したりする基準になっているようです。
ところが、座るべき所に椅子を置いて座ると、全てのものと目の高さとのバランスが一挙に崩れてしまうのです。