
正座の歴史は畳文化と関係
平安時代の絵巻でも男子は、「立て膝」か「あぐら」、女子は「横座り」など、様々な座り方をしていました。
また中世の絵巻物でも、まだ儀式的な場面でさえ座り方にまったく決まりがなかったように思われる様々な座り方が見られました。
正座の歴史は新しく、室町時代に茶道の発展と共に生まれたとされています。
室町時代でも正座の姿勢をとるのは、神前・仏前などで礼拝するとき、何かの儀式や目上のものに対するときなどの場合に限られていたようで、一般には座る姿勢はあぐらや立てひざが多く、正座はほとんどしなかったようです。
江戸時代に入り、小笠原流作法によって正座が正式な座り方とされたのは、八代将軍吉宗の時代以降と言われており、これが市民層にも普及したのは、江戸中期も後半になってからのことで、やはりこれも畳が市民層にまで普及したことにも関わっていると思われます。
このように時代によって座り方が変わっていった要因のひとつに、家屋の建築様式の変化と密接な関係がありそうです。
平安時代の寝殿造りが、やがてすたれて室町時代ころに書院造りが広まりましたが、それと同時に畳が家の中に敷き詰められるようになりました。
それによって正座が出来る下地が出来ていったようです。
つまり、畳文化の定着が正座と言う座り方を可能にしたと言えそうです。
そして正座が一般的に正しい座り方となったのは、明治時代になってからです。
また、「正座」という言い方が初めて使われるようになったのは、意外と新しく戦前の修身の教科書のようで、「正しい」という言葉を使っているのはいかにも修身らしく、それ以前は端座などと呼ばれていました。